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 ところであなたが恋愛関係にある相手から「甘えていいよ」と言われた場合、具体的に何をすれば甘えることになるのか、どうしたら甘えることを許可した相手が納得するのか、具体的にその答えが浮かぶだろうか。恋愛関係においてはどちらかといえば女性が「甘えていいよ」と言われる機会が多いようだが(その言葉をドヤ顔で言ってる男性の姿も用意に想像できる)、そもそも甘えるってどうすればいいのかわからない、というのが正直なところらしい。

 この場合重要になるのは、甘えていいよという言葉を発した当人がどんな想いを込めているかという点だ。「もっと親しくして欲しい」という意図がある場合、ふたりの関係性のために歩み寄って欲しいと願っているのかもしれない。「他所では見せない姿が見たい」という意図がある場合、恋人としてイチャつきたいとか可愛い姿を見たいという欲求か、あるいは自分にだけ素のあなたを見せてほしいという秘密の共有を求めているのかもしれない。もしかすると、他に恋人らしい言葉をかけるのが思いつかなくてとりあえず言ってみただけかもしれない。

 また、似たような言葉で「わがまま言っていいよ」と言われる場合もあるのだが、その要求がわがままかどうか判断するのは言われた側の話なので結構困ってしまうものだ。「じゃあ明日ディズニーランド連れて行ってよ」と言ったところで、そんな無茶言うなよという返事が返ってくるのは目に見えている。そもそもそんな受け入れづらいであろう要求なんてわざわざ言いたくないという気持ちが先行してしまうというのが実情だろう。

 このように「甘えていいよ(わがまま言っていいよ)」という言葉はまったく曖昧な言い回しでしかない。言う側にしてみれば恋人としての懐の深さを示せるような気持ちよさがあるが、言われた側はただ困るだけだ。甘え方がわからず困っているというあなたの悩みは当然の結果なのだ。

 では、実際にこの言葉を言われたあなたはどうすればよいか。ポイントはこの言葉が恋愛関係の初期段階に使われやすいという点だ。熟年夫婦の間柄でも、長い期間付き合い続けている恋人同士の間柄でも、もはやこの言葉は今さら使うような言葉ではない。これは付き合い始めたばかりのあなたに対して「もっと距離感を詰めませんか?」という意味で言われているのだと解釈すれば良いのだ。お互いのことがまだよくわからない時期に距離感を詰めるとすれば、話をするなら「恋人としてこれからふたりでどうして行きたいか、どんな恋人関係になりたいのか話してみる」などが良い話題になるだろうし、行動で示す場合は「触れ合い・寄り添い・抱擁といった恋人ならではの接近、あるいは一緒にいる時間を増やしたり大切な気持ちで過ごす」事で良い雰囲気を醸し出せるだろう。

 甘えていいよと言っている本人も実際には何をされたら自分が納得するのかなんてわかっちゃいない。わかってないからそういう曖昧な言葉しか言わないのだ。言われた貴女は正解など気にせずに、相手との距離感を少しずつ縮めていくことだけ考えればそれで充分。別にアイドルみたいな可愛い仕草を憶えて甘える必要はない。わざわざそんなことしなくてもあなたはすでに好かれているのだから。それでは今回はこれにて。


 2018_12_05


 いま恋人が一時的に忙しくなってセックスの頻度が減り始めているとしよう。あなたはそれがやむない事だと理解しているが不満が溜まっていくのも自覚していて、このままではいずれストレスが爆発しかねない。好きな恋人に文句をぶつけたくはない。あなたはできるだけすみやかな話し合いと対策を必要としている状況だ。

 こういう場合はいきなり相談を持ちかけても建設的な話し合いにはならないものだ。「セックスという行為が減ったことで、あなたの心が何の不足を訴えているのか」これを明らかにすると感情が先走りせず話も前進させやすくなる。以下に数例の心の訴えを挙げてみるので、あなたがどの例に当てはまるのか判断しながらお読み頂きたい。

・パートナーの気持ちが自分に向いているという実感が欲しい
 あなたはセックスを「自分が好かれている証」と捉えている。好きだからセックスを求められる。裏を返せばセックスを求められない=相手の愛情が減ったのではないかと考える。この場合、好かれているという実感が得られるセックス以外の行為を新しく決めれば良い。セックスを何時間もかけては行えないのだから、比較的短時間のスキンシップをしたり、日々の寄り添いあるいは添い寝する機会を増やすなど実行可能な代替行為を用意すると良いだろう。

・パートナーから欲情されているという承認欲求を満たしたい
 肉体関係というのはわかりやすく確実なコミュニケーションだ。欲情度合いが愛情と連動していて、好きという感情は目に見えなくても欲情してくれるのは好きという感情の現れだとあなたは考えている。この場合は限られた時間の中から性的な接触の機会を捻出するしかない。難しいのはそれがどんな行為であれ肉体的にも精神的にも疲れているであろう相手主体で生じるものでなければあなたの心は満たされづらいという点だ。その点さえ成立すれば、激しい抱擁などの行為、もしかしたら性欲処理的な時短セックスでも意外と満たされるかも知れない。

・セックスという行為の頻度で満たされたい
 性的立脚点がセックスを通じて満たされ、それはできればパートナーとのセックスで満たされるのが一番だが、一時的に他の相手でも構わないというなら風俗を利用することで不満は解消できる。この場合、代理となる相手はそれなりにセックスの上手い人なのであなたの肉体的満足感は充分に、あるいはパートナーとの行為以上に満たされるかもしれない。完全な割り切りで行えるのも利点だろう。余談だが、パートナーとの関係で満たしきれない肉体的欲求の解消のみを目的としてパートナー同意のうえ他の相手とセックスする人はいる。

・精神的に求められている実感を得て自己肯定感を満たしたい
 パートナーが忙殺されあなたとのふれあいもままならないほどの状況であれば、風俗でも満たされない「サービスではなく本心で求められる気分」を満たすため期間限定のセフレが解消手助けになるかもしれない。手段としては最もリスキーで、精神的感情的に求められた相手との関係消滅がこじれることもある。ただしこの例の場合はセックスせずともあなたの心が満たされる可能性があるので相手の選び方次第(軽いお付き合いや会話だけでOKという相手)でリスク軽減が図れる。あるいは以前付き合ったパートナーとの昔話で意外と落ち着くなんて事もあるかもしれない。どちらにせよ、あくまでもパートナーが忙しさから開放されるまでの一時的な対処という自覚が必要だ。


 あなたの考えに近いものはあっただろうか。このようにして不満の根本的な理由をハッキリさせておけば、対応可能な手段をパートナーが一緒に考えて見つけてくれる可能性も高まる。上記の中に答えが見つからなかったなら更に深く検討してあなたの中にある本当の不満の理由を見つけておいてほしい。

 楽しく気持ちよかったセックスが減れば不満を感じるのは当然の話だ。その不満の理由についてパートナーと素直に話し合える事が大事なのも当然だが、やむない忙しさに急き立てられているパートナーに「これから忙しくなるけどセックスが減ったらどれぐらいストレス溜まりそうかな」と最初から相談しに来いと言うのはさすがに酷だろう。不満を感じているあなたこそが事態解決の鍵を握っているのだから、その鍵を明らかにして提示する歩み寄りをぜひ示してほしい。

 最後に、もしパートナーが苦労している状況であなたがストレスを感じている場合、「相手に負担をかけたくないから」という理由で相談そのものを避けるという選択はしないでほしいと願っている。なぜならその選択で問題が改善することはなく、悪い方向へ転がればいずれ相手の拒絶へと繋がる恐れがあるからだ。付き合っていく以上お互い負担は生じるものだ。「相手に負担をかけるのは受け入れて、その負担を軽減する相談をする」これが付き合う上で本当に必要なコミュニケーションだと筆者は思う。それでは今回はこれにて。


 2018_10_26


 「手軽に記録できる手段が増えて精神的ハードルも下がっている」
 「ネットに流れば二度と消えることがないという飛び抜けたリスクの高さ」
 「万が一の際に事実を証明する証拠として」

 リベンジポルノはただのプライバシー侵害であり実行する側が100%悪い。記録を残すから悪いのではないし、記録を残すことだけがリスクでもないし(口で言うか文字で示すだけでゴシップは充分機能する)、その記録が身を守るために役立つ場合もある(性行為中の暴行を証明するなど)。悪用しようとすれば何だって使えるが、写真や動画がことさら悪用されているだけの話だ。

 というか、そもそも他人の性行為に関する情報なんか見せられたところでこっちには何の役にも立たない。リベンジポルノを見れば性的に興奮するという話もたまたまその人にとって記録内容と性的趣向が一致したに過ぎない。世のポルノ作品が視聴者観客の存在を意識したものだとすれば、リベンジポルノとして公開される記録は当事者だけの思い出でしかなく、我々他人にとっては何の思い入れもない一切観る価値のない情報だ。

 世の中、皆それぞれの温度感でエロに興味を持ち普通にセックスして普通にエロを楽しんでいる。しかし自分たちがどんなセックスをどのように楽しんでいるかという情報は一般的には公にしないものだ。特に日本は恥の文化としてそういった情報を口外しない風潮も強いだろう。これらの振る舞いは多くの人が常識として捉えていると思うがしかしそれは社会通念としてそうするべきだと言われてきただけであり、実際のところ他人がどんなセックスをしているのかという話題には多かれ少なかれ誰でも興味を持っているというのも人間の一面だ。むしろ多くの人がセックスに自信を持てずありもしない正解を求めてAVを観るぐらいしか方法が思いつかないこの我々が、他人のセックスを見れるのなら少しでも参考にしたいと思うのはごく自然な流れだと思う。とはいえ本当に参考にしたいのは社会的にセックスが上手いとされている人の行為だろう。芸能人だろうが有名人だろうが、活かす所も何もないハメ撮り映像などわざわざ見るだけ時間の無駄と思うのが心情ではないだろうか。

 さて、現在の社会通念に沿うならセックスに関する情報は無造作に発信されるのではなく必要とする人の元にだけ届くべきものだろう。ゾーニングと同じ考えで、見たくない人や必要としない人へ無用な情報が届くことを防ぐ。余計な迷惑をかけないというのは社会において大事な話だ。そしてリベンジポルノの最もくだらないところはまさにここなのだ。なぜ必要としていない不特定多数が巻き込まれる形で、別段見たくもない他人の性行為を見せられなければならないのか。テレビを点けてもニュースサイトを見ても繰り返し報道されるリベンジポルノの記事。そんなマスコミもくだらないが根本の原因はやはり情報発信者の余計な行動に尽きる。

 プライバシー侵害だのインターネットの闇だの騒ぎ立てる以前に、もう心の底から
「アンタらの痴話喧嘩なんかどーでもいいんだよ」
の一言だけだ(この記事はこれが言いたかっただけです)。それでは今回はこれにて。


 2018_10_19


 好きで好きで仕方なかった相手と結ばれ恋人として付き合い始めると、それまで知らなかった欠点や好ましくない面が徐々に見えてくる。自分の恋人にそんな欠点があることなど到底耐えられず、友達への愚痴が回り回って本人へ伝わったり、改善要求として直接本人へ伝えられたり、あるいはツイートのネタとして全く関係ない誰かが目にしてそれっきりだったりするが、おおよそ我慢できなくなるのは相手が改善要求を知った上でその欠点を直そうとしない時だ。その欠点を大した問題ではないと考えているのか、直すこと自体に関心がないのか、ただ頑固なのかは本人の素質に依るが、恋人が自分の提案を受け入れてくれないというのは、恋人から無視されているに等しい、と多くの人が考えている。

 どんなに伝えても相手は一向に直してくれない――改善要求している側の気持ちを想えば、惨めで悲しい感情に打ちひしがれていることだろう。ただ、こういう場合はもう一方の立場、つまり改善要求されている側の視点も考えてみるべきだ。筆者が相談を受けてきた中で、改善要求する側の実態には次のような例があった。

①本人は改善要求を伝えているつもりだが、相手に肝心な部分が伝わっていない
②そもそも改善要求を伝えていない
③改善要求は伝わっているが、それに対する相手の見解が明らかにされていない
④その改善要求が、本当に直すべきものかどうか検討されていない

 ①は言葉選びや相談する雰囲気の問題だ。何が問題になっていてどのように改善されれば納得できるのかが相手に伝わりきっていないため、言われた問題を改善しようにもどうすればいいのかよくわからない。言う側は伝えた気になっているから補足もしない。この「伝えた気になっている」というのが厄介で、意外と少なくない人が不満をただそのまま伝えるだけで相手に理解してもらえると思い込んでいる。例えば「前戯が短くて物足りない」という不満は一見わかりやすいように思えるが、改善する側の視点に立つと「今までどおりの内容で時間だけ延ばせばいいのか、だとしたらどの程度長くすればいいのか、前戯の種類ごとのバランスはどうすればいいか、実はそもそも前戯の種類が足りないという話なのか…」と考え過ぎて迷宮入りしたりする。不満には必ず原因があり、その原因は殆どの場合明確なのだが、その明確な原因は不満を感じている本人しかわからない。これを相手に伝えられないのは要求する側の落ち度と考えるべきだろう。(それを察しろというのはいよいよ酷な話だ)

 そして、この問題の究極が②に該当する。相談内容についてよくよく聞いてみたら実はその不満を相手に共有した事がなかったと判明する。そんなバカなと思われるかもしれないがこれも意外と少なくないケースで、その最たる理由が「この不満を相手に伝えたら嫌われてしまうかも知れず、とてもじゃないけど言えない」という感情によるものだった。この場合、①のケースとは違うストレスが発生するのが特徴的で、伝えたのに改善してくれないというケースでは相手への不満が溜まるだけだが、嫌われるのが怖くて伝えられないケースだと、伝えられない自分が悪いという自虐的なストレスが溜まっていく傾向が強い。内側に向いたストレスは怒りなどの形で発散できない分、限界まで自分を追い込んでしまうことも多い。相談内容に「もう疲れてしまいました」など諦めの言葉が含まれるのは大抵このケースである。

 ③は主に要求された側の落ち度だ。いつ直すか、どう直すか、問題点の確認やどうすればいいかといった相談などが足りていない。ただ、可能であれば改善要求する側から、要求と同時に相手と話し合うという形で寄り添って欲しいと願う。改善要求するその時点で、問題をより深く考えているのは間違いなく要求する側のあなたなのだ。具体的な改善案もあなたの方が明確に思い描けているはず。改善すべきはもちろん相手だが、それをあなたがサポートしても損はないだろう。

 ④は視野が狭くなっているケースだ。その不満が行き過ぎた理想に囚われたものである危険を回避するためには、やはり話し合いが重要となる。常識的な判断がどんなときでも可能な人間はまずおらず、それが恋愛感情という土台に乗れば一層不安定なものとなる。いわゆる「冷静に考えてみたら私が間違っていたかも」というやつで、恋人との検討でそこに気づけるのが理想ではあるが、好きな相手のイヤな部分について冷静に話し合うというのはやはり簡単ではないようである。

 このような感じで、恋人へ改善要求する際には陥りやすいパターンがあるようだ。せっかく得られた恋人という素晴らしい間柄を、こんな些細なコミュニケーション不足で台無しにするなど非常にもったいないことだと筆者は思う。相手のイヤな所も話し合って改善さえしていけるなら、お互いに理想的な恋人へ変化していくことも充分期待できるだろう。伝えたつもりにならず、問題点と改善策を明確にして、一緒に改善を目指す。これができるなら、好きな相手とのセックスどころか生活の全てにおいて満足して付き合っていけるかもしれない。皆様のより良いコミュニケーション改善を願いつつ、それでは今回はこれにて。


 2018_10_12


 お題箱宛に「セフレと浮気は違うか?」という問いかけが届いていた。もちろんこのふたつは違うものだ。セフレとはセックスを目的とする関係を指すもので、浮気とは特定の相手以外の誰かへ心が移ろう心境を指す。思うに投稿者が本当に聞きたかった質問は「セフレは浮気に含まれるか?」だったのではないかと推測する。この質問をもう少し砕いてみると次のようになるだろう。

 恋人(伴侶)にセフレがいたら、それは自分に対する浮気に該当するか?

 まあ、ごく普通に考えれば「そりゃ浮気に決まってるでしょ」の一言で終わる話だ。彼氏や彼女、あるいは妻や夫が、自分以外の誰かを好きになっていると知って穏やかでいられる人はまずいない。恋愛関係においては唯一の相手を愛するのが当然、他の誰かを好きになったなら自分はもう愛されていないと考える、これがごく一般的な思考だろう。

 しかしだ。これをセフレという関係の定義から見てみるとちょっとおかしい話になる。セフレはセックスを目的とした関係ではあるが、そこに恋愛感情が伴っているかどうかは決定しない。というか恋愛感情があってセックスもしてるなら、それはもう恋人に等しいと言える。セフレという関係は恋愛感情が伴わないからこそ成立しているはずなのだ。ならば、パートナーにセフレがいたとしてもそのセフレを好きになっているとは限らない以上、セフレがいることと浮気はイコールでは結ばれないはずではないだろうか。(逆に言えば、そもそも浮気自体がセックスしていなくても成立する)

 …などと話をこねくり回してはみたが、現実には「不倫(不貞行為)」という定義によって社会道徳的に容認されないセックスが日本では定められている。本来は夫婦関係において適用される定義だが、これを多くの人が婚姻前の恋人関係にも当てはめているのが実情だろう。筆者も実のところ、パートナーにセフレがいたら浮気だという判断に異議を唱える気はない。

 問題はそこじゃなくて「なぜ」パートナーにセフレがいるのかという点こそが肝心なのだ。

 パートナーの気持ちがすでに冷めていてあなたとの恋愛関係を続ける気がないなら、わざわざセフレなんて作ったりせずとっくに別れ話を切り出されているはずだ。でも相手はあなたとの恋愛関係を継続しながら、セックスだけを外に求めている。つまりあなたを好きだという感情は持っているにも関わらず、あなたとのセックスには不満があるという可能性が高いと考るべきだ。繰り返しになるがセックスは恋愛感情なしでもできる。だからこそセックスに関する不満がパートナーとの間で改善できなければ、肉体的な快楽だけを求めてセフレを作るのだ。

 パートナーが抱えている不満の原因がわかりさえすれば、おそらく打つ手もあるだろう。しかし残念だが多くの人はセックスに関する不満を相談しない。しかも悪いことに、一番話さなければならないパートナーとの直接の相談を最も避けている。そして何より、相談する前から「そんな話は恥ずかしくてできない」とか「どうせ言ったところで直してはくれない」とか理由をつけて、相談することの有効性から目を背けている。要するに、最初から諦めの色が強く感じられるのだ。

 恋人がいるのにセフレを作るというのは、よほど激しいすれ違いや衝突が起きている場合にしか起こさない行動だと筆者は思っている(品性とかそういうのは個性なので議論しない)。セックスの相性というものはどうしても存在し、好きだからと言っても上手くいかないことはいくらでもあるだろう。でも、もしかしたらセックスの不満はそういった相性だけではなく、セックスに関して相談することを諦めているその姿勢によって無意味に肥大化しているのかもしれない。セックスの問題は本当に当事者同士でしか解決できない。パートナーにセフレがいるとわかって絶望するより前に、その相談が切り出せるようになることを願う。
それでは今回はこれにて。


 2018_09_13


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