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 筆者が初めて性情報というものに触れたのは小学3年生の頃、保健室に置いてあった児童向けの性教育本だった。精通・初潮についてすら書かれていない、小学生でも充分認識できる程度の外見的な性差をイラスト主体で教える内容だったと記憶している。偶然見つけたその本を手に取ったのは、性的な興奮に突き動かされたというよりも未知の情報を知ることへの好奇心が勝ったからだったと思う。あるいは性情報を積極的に知ろうとするのは恥ずかしい行為だとする先入観、友達はまだ知らないかもしれない情報を先んじて得ているという高揚感なども感じていたような気がする。ともかく、イラストとはいえ女性の股間が描かれたその本に少なからずエロを感じた小学生当時の筆者は、先生にバレたらもう読ませてもらえないに決まってるという思い込みから、放課後に保健担当の先生が席を外しているタイミングを狙っては保健室に忍び込んで似たような本を探して読みふけっていた。インターネットもスマホもなかった頃の話である。

 ところで読者の皆様も早ければ小学校から始まる性教育をはじめとして、中学生の頃にはポルノコンテンツの存在を知っているか目にしていたのではないだろうか。さらには友達や知り合いの口からまことしやかに語られる真実っぽい情報から単なる噂話や興味本位の妄想程度のものまで、その信憑性はともかく各方面から発信される様々な性情報に触れていたことと思う。2017年時点でインターネットは小学生でも日常的に使うツールとして存在し、能動的であれ受動的であれ実に多くの性情報に触れる環境ができあがっている。それら統率のない幾多の性情報に子供がどんな順番で触れるかは容易にコントロールできるものではない。昔を思い返してみればインターネットのある無しに関わらず性情報はいつだって勝手無秩序に入ってくるものだったが、いまはその量が膨大になり過ぎている。性教育という観点から子供には正しい性情報を最初に憶えて欲しいと願う人にしてみれば、この状況はまさに目を瞑りたくなるような惨状と言えるだろう。

 しかしだ。いくら有象無象の性情報が転がっているからといっても、子供もバカではないので「これだけ大量に存在する情報の中からどれを選ぶべきか?」ということは彼らなりに考えている。先入観が生じる事はあっても、ひとつだけの情報以外頑なに信じようとしないのは誤った行動だということも日々の生活で学んでいるはずなので(少なくとも筆者の周りではそういう頑固者はバカ扱いされることで恥ずかしい想いを体験し、反省して成長していた)性情報がどんな順番で吸収されたとしてもある程度なら常識的に正しいとされる情報へ意識統一されていくと筆者は思っている。ただ、それを何も指導せず期待するだけでは教育にならないので、子供たちが性情報の取捨選択をする際の判断力を大人と同じレベルまで引き上げること、これがこれからの性教育に求められる重要な点だろう。彼らなりの取捨選択が、大人でも納得できる適切な判断になっていればそれで良いのだ。
 (いやいや、大人も意外と正しい判断できてないよ、という指摘はごもっともだが、別の問題なのでここでは触れないでおく)

 ――といったような事を考えていた筆者は、ふいに「学生時代に受けたはずの性教育を全然思い出せない」ことに気づいた。授業があったこと自体は憶えているのだが肝心の内容が記憶から浮かんでこない。小学3年生当時、男子は校庭でサッカーをしてきて良いぞと言われ、あのとき女子だけが何やら秘密の授業を受けていたらしいという噂を後になって聞いたこととか、怒る声が大きく大変恐れられていた体育教師が保健の授業だけは生徒一人ひとりに語りかけるよう粛々と進めていたその態度にあっけにとられていたことぐらいしか思い出せない。高校生活に至っては性教育があったのかどうかすらまったく記憶にないバカっぷりだ。
 そこで、現在の性教育に関する教科書と、できれば筆者が学生だった頃の教科書を見つけられればと思い立ち、東京都文京区にある「日本性教育協会」を訪ねてみた。性教育・性科学に関する資料約6万点を収蔵する資料室がそこにあるのだ。

日本性教育協会を訪ねる
公式HP:http://www.jase.faje.or.jp/
利用無料。要電話予約。開館時間等はHPを確認されたし。

 一般財団法人日本児童教育振興財団内、日本性教育協会。いったいどれほどの規模なのかちょっとドキドキしながら到着したその場所には、地上3階地下1階建、いかにも鉄筋コンクリート造りという外観の雑居ビルが建っていた。日本性教育協会はこの地下1階を占めている。受付から通路を抜けると、小中学校の教室より若干広いぐらいの大部屋があり、その外壁に沿って本棚がびっしり並んでいて、部屋の中央にはロの字型に配置された机にイスが30脚ほど並んでいた。大きな図書館のようなものを想像していたが、どちらかといえば小さめの資料室という言葉が似合う雰囲気だ。とはいえ、整理されたそれら資料のジャンルは多岐に渡り、ジャンルの振り分け先だけでアルファベットがほぼ埋まっている。とりあえず気になった4ジャンル(セクソロジー(人文・社会学系)/性教育一般・性教育の歴史的資料/教科書・指導書・学習指導要領/統計・調査報告書)だけでも、それぞれ別々の本棚にまとめられていて、ジャンルによっては複数の本棚を占拠している。

 まずは、一番の関心事であった教科書・指導書のコーナーから見てみることにした。本棚には性教育を含めた保健体育用の教科書と並んで、生物1Bや家庭科、道徳などの教科書も収められている。今回手に取ったのは中学・高校それぞれの保健体育を教えるための教科書で、古い方では平成4年や平成8年、新しい方は平成25年のものが見つかり、読んでいるうちにおぼろげながら当時の授業の様子が思い出されたりもしたのだが、しかしそんなことより衝撃を受けたのは、どの教科書も性教育に関するページが予想よりも少ないという点だった。どの教科書も100ページを超えるのだが、中学生向けでは4~8ページ程度のボリュームに、二次性徴による身体的変化および精通・排卵という現象の解説があるのみ。高校生向けでは、妊娠、避妊と避妊具、中絶、性感染症の一例としてエイズの解説などが増えるものの、性教育は健康や成長という枠の中の1項目に過ぎないという印象を持った。こんな「触り程度」の情報を教えるだけで教育充分などと言えるのかと、非常に強い疑問を感じる。後に聞いた話では、これらの教科書はあくまで最低限の情報を記載しているに過ぎず、実際の授業では教師が必要と考える資料、例えば映像資料などを適宜追加して教えるらしい(言われてみれば筆者も視聴覚室で映像資料を見せられた気がする)。しかし、だとすれば「適宜」とはいったい誰の、いつの、どんな基準で決まるのだろうか。唯一、平成17年の中学生向けの教科書で1冊だけ、未成年者の性被害と児童買春に関する事件発生件数の増加を示すグラフが記されていた(同じ出版社の平成8年の教科書には未掲載)。社会の実情に即した情報を教科書に加えようという意思が見えたような気がして感心した。

 さて、資料室に入ってからまだ2時間ほどしか経っていないのだが、先の教科書を読んだだけで筆者はかなり疲れてしまった。そこで、どうせ今日一日ではほんの一部しか見れないのだからと思いたち、残りのジャンルの本のチョイスは、本のタイトルに惹かれるかどうかという感覚だけで選ぶことにした。以下、その流れで手に取った本を箇条書きでお伝えする。

・文部省(1999)『学校における性教育の考え方、進め方』
 文部省発行の本。巻末に価格が記載されておらず、おそらく売り物ではない。小学、中学、高校といった各段階において、学校教育で教えられる事は何なのかという理念、方針などが練り込まれている。実際の授業内容など具体的な情報は示していないが、性に関する問題について時代の変化が激しく、しかしその変化を受け入れない層が存在し、誰もが納得できる性教育の在り方を確立するのが困難な局面であることを認めている点は良いと思う。

・小野のん子(2002)『からだはステキ3 セックスがこわい』リブリオ出版
 おそらく中学生女子を対象とした性教育の本。登場人物の設定や文体のノリは子供向けを想定しているようだが、その内容は大人でも侮れない。妊娠、避妊、ピル、中絶などの事象について、必ず賛成派・反対派両方の視点が添えられ、また、妊娠が女性一人だけの問題ではなく必ず相手の男性がいて生じる現象であることを丁寧に描いている。

・J.M.ライニッシュ+R.ビーズリー(1999)『最新キンゼイ・リポート(日本語翻訳版)』小学館
 1950年頃のアメリカで「キンゼイ・リポート」という有名な報告書が発表されたのだが、この本はその続編的なもののようだ。B5サイズ543ページに渡るボリュームに、当時のアメリカにおけるセックスの実情や、アンケートの結果当時のアメリカで性知識がどれほど一般的でなかったのかをまとめた資料、性に関する様々な相談に対する科学的回答など、これでもかと詰め込まれている。

・モア・リポート班(1983)『モア・リポート』集英社
 キンゼイ・リポートなどが行った、性に関する大々的なアンケートを元にその時代の性の実情を浮かび上がらせるというスタイルを雑誌MOREが敢行、当時の日本人の性意識を読者の文体そのままにまとめ上げた本。同誌では同様のアンケートが計3回に渡って行われ、それぞれが『モア・レポートNOW』(モア編集部、1990 集英社)、『モア・リポートの20年 ―女たちの性をみつめて』(小形 桜子 著、2001 集英社)にまとめられている。

・『季刊 SEXUALITY』エイデル研究所
 毎号切り口を変えて様々な性情報を報告・コラム・漫画などの形で掲載している雑誌型の本。バックナンバーだけで70冊以上あり目次をチェックするだけでも大変だが、各号の特集記事はかなり面白そう。

・A・C・キンゼイ(1950)『キンゼイ報告(日本語翻訳版)』コスモポリタン社
 最新キンゼイ・リポートがあるならば、これもきっとあるだろうと思った通り出てきたのだが、おそらく活版印刷であろう紙面に対して文章全体が斜めに印刷されていたりと70年近い古さを感じる。本もカバーも本を開くのすら躊躇するほどボロボロで茶色く変色したそこかしこに透明テープの補強が。

・佐藤紅霞(1929)『日本性的風俗辞典』文芸資料研究会
 なんとなんと昭和4年発行。二つ折りにした紙を重ね紐で結んで綴じてある。漢字は旧字、横書きの文章は右から読む。「~と云ふやうな」などの表記に大変な古さを感じる。辞典という名前通り、索引から単語を探して意味を知るための本。この本はインターネットから「国立国会図書館デジタルコレクション」にアクセスすればその内容を無料閲覧できるが、画像は全ページとも白黒収録となっている。実物の表紙の深い緑色と素晴らしい装飾に触れてみるのも一興かも。


資料室を利用してみて
 事前の利用目的が緩かったこともあり、半日ほどこの資料室に居ただけで筆者はただただ圧倒されてしまった。今回触れなかったジャンルの本を軽く流し見るだけでもあと3回は訪ねる必要がある。性教育に関する調べ物がある人にとっては最高の場所だろうし、今まで知らなかった視点を持つきっかけや資料との出会いも大いに期待できる。それが販売されている本なら自分で購入しても良いだろう。なお利用には電話予約が必要なのだが、これは「資料室が研修会・セミナー等の会場として使われる場合があり、たまたま来館された日が入館不可というケースを避けるため」とのことで、休館日以外ほぼ予定は空いているそうだ。読者の皆様にも是非一度足を運んで欲しいと思っている。それでは今回はこれにて。
 2017_06_07


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